レパードで、1着賞金を狙う厩舎の勝負気配

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全国の競馬ファンの皆さん、こんにちは。

小西聖一と申します。

黒岩陽一厩舎のリッカルドせん6歳父フサイチリシャールは、次走の予定が、8月13日日のエルム札幌ダ1700ですね。

皆さんも知っていると思いますが、リッカルドは去年のエルムの勝ち馬で連覇が懸かっていますし、前走のマリーンは7着と悔しい思いをしましたから、きっと黒岩先生は、今年のエルムも必ず勝ちたいと考えて、しっかり仕上げてくると思いますよ。

リッカルドを管理している黒岩先生は、早稲田高校を出た後、日本獣医畜産大学現在の日本獣医生命科学大学を卒業しています。

私も日本獣医畜産大学の卒業生ですから、先生は私の後輩になりますね。

大学の頃、黒岩先生は馬術部に入っていて、部の監督に藤沢和雄先生を紹介してもらったことがきっかけで、卒業した後は、藤沢先生が昔からよく使っている、美浦トレセンから車で10分ほどのところにある育成施設のミホ分場で2年ほど働いて、その間に、藤沢先生から馬の扱い方をしっかり教わったそうで、最後は確か場長をやっていました。

黒岩先生は、2007年の4月に、競馬学校の厩務員課程に入って、しばらくは、勢司和浩先生の厩舎と加藤和宏先生の厩舎で厩務員をやって、2008年の4月に、鹿戸雄一先生の厩舎で調教助手になって、2011年の12月に30歳の若さで調教師の試験に受かっています。

ちなみに、黒岩先生はその頃、厩舎開業時の12馬房を埋めるためと、多くの関係者に顔を覚えてもらう挨拶回りのため、9000円くらいの格安航空券を買って、毎週のように北海道に通っていたそうです。

2012年に自分の厩舎を開業してからは、ミュゼエイリアンを使った一昨年の毎日杯リッカルドを使った去年のエルムと、重賞を2つ勝っていますね。

また、さっき書いた通り、黒岩先生は日本獣医畜産大学の後輩ですから、私は、先生のことをとても身近な存在に感じますし、これからもいい成績を残せるように応援したいと思っています。

ここからは、昨日までも書いていますけど、もっと皆さんに私のことを知ってもらえるよう、自分自身について、改めて詳しく書いておきますね。

私は、日本獣医畜産大学現在の日本獣医生命科学大学を卒業してから、中央競馬で調教助手と厩務員をやっていました。

昔の写真を載せておきますね。

馬の前に立っているのが私です。

競馬の世界で働くようになったきっかけは、父が騎手と調教師をやっていたからです。

私の父は小西喜蔵という名前で、長く競馬をやっている方でしたら、きっと知っていると思います。

何しろ父は、まず騎手として、セントライトで1941年の牡馬クラシック三冠を勝っていますし、調教師としても、1957年の菊花賞を勝ったラプソデーや、1961年の天皇賞秋を勝ったタカマガハラや、1965年の有馬記念シンザンの2着だったミハルカスなど、走る馬を何頭も育て上げていますからね。

その息子として生まれた私が競馬の世界に入ったのは、ごくごく当たり前のことでした。

私は、大学を卒業してから、すぐ父の厩舎に調教助手として入り、1989年の3月に父が定年で引退するまで、ずっと小西喜蔵厩舎にいました。

先ほど書いた通りで、父は、騎手と調教師として、私が大学を卒業するまでに、もう素晴らしい実績を残していましたから、その厩舎に私が入ってから、馬について父から教わったことは、とても役に立ちましたね。

私は、父が定年で引退した後も、

5年ほど、佐藤林次郎厩舎に厩務員として所属

3月ほど、高市圭二厩舎に厩務員として所属

4年ほど、嶋田功厩舎に厩務員として所属

といった形で厩舎の仕事を続けましたが、こうやって、ずっと馬に関わる仕事ができたのは、父から色なことを教わっていたからなのでしょう。

そして今回は、栗田博憲厩舎がレパードに登録しているスターストラックについて、私の頼もしい仲間の一人、元調教師のさんから届いた報告を紹介しておきますね。

栗田博憲君は、1972年に、中山競馬場の白井分場にあった成宮明光さん1971年のオークスを制したカネヒムロなどを管理の厩舎の調教助手になって、それから8年くらい経験を積んで、1980年に調教師の試験に受かって、その年の10月に自分の厩舎を開業しました。

最初の年は出走頭数が少なかったので1つも勝てませんでしたが、2年目に6勝、3年目に11勝と、だんだんと数字を伸ばしていて、1987年には、開業してから一番多い32勝を上げていましたね。

そして彼の厩舎は、1987年のエリザベス女王杯を勝ったタレンティドガールや、1992年と93年の安田記念を連覇するなど重賞を4勝したヤマニンゼファーや、1998年の高松宮記念など重賞を3勝したシンコウフォレストや、2014年の皐月賞など重賞を5勝しているイスラボニータなど、走る馬を何頭も育てていて、先週までに、6つのを含めて重賞を26勝、通算で631勝を上げています。

2014年は、イスラボニータの活躍などで、重賞を3つ勝ちましたし、5億1227万円という、開業してから一番の賞金を稼げましたので、きっと栗田君は満足したのでしょう。

でも、一昨年は、重賞を1つも勝てなくて、獲得賞金は2億1953万円と、2014年の半分以下になってしまいました。

そのため、去年の栗田君は、必ず巻き返したいと考えていた筈ですし、実際、24勝獲得賞金4億9382万円と、一昨年の倍以上の賞金を稼いでいますから、私の見込みは正しかったのでしょう。

でも、栗田君はこの成績に決して満足していない筈です。

何しろ、彼の厩舎は、今書いた通り、去年は24勝を上げているものの、重賞は、マイネルハニーを使ったチャレンジの1勝のみだったため、2014年の賞金を上回れなかったのですから。

それに今年の栗田君は、先週までに、イスラボニータマイラーズを勝つなど、17勝獲得賞金3億3185万円と、去年の同じ時期7月までの14勝獲得賞金2億0253万円を上回っていますが、2014年の賞金を上回るためには、あと2億円近くを稼ぐ必要があります。

そして今週は、1着賞金が4000万円のレパードにスターストラックを登録していますから、今の内から2014年の数字に少しでも近付けるように、同馬を全力で仕上げてくると私は見ています。

スターストラックについて、元調教師のさんから届いた報告は以上です。

また、今の私は、パーフェクトホースマンズに所属していて、ここでは、ホームページとブログなどで、馬券に役立つ色な情報を公開しています。

ですから、このブログを読んでいる皆様は、パーフェクトホースマンズのホームページや、元馬主の小栗範恭のりやすさんや、元調教師の山田要一よういちさんや、元調教助手の鎌田光也君のブログも読むと、もっといいことがある筈ですよ。

パーフェクトホースマンズのはこちら

元馬主小栗範恭のりやすのブログはこちら

元調教師山田要一よういちのブログはこちら

元調教助手鎌田光也のブログはこちら

では、また次回。

小西聖一でした。